kumorinekoの雑記

東京在住、とりあえず始めます。

山野井泰史という生き方

こんにちは。

 

私は心から尊敬している人物が数人いる。

その内の1人が山野井泰史という登山家だ。登山界では世界中で知らない人がいないくらいの、レジェンド中のレジェンドだ。

登山が趣味では無いし、山登り自体ほぼした事がない。なので山野井さんを知った経緯は登山関連ではない。

誰でも1度は思索した事があると思うが、一時期『死ぬ瞬間とはどうなるのだろう』とぼんやり考えてた時期があった。別に心が病んでいたわけではなく、死ぬ間際の人間の状態というか、心理というか、今後必ず身に起こる時の為の知識として知っていたかったからだ。

 

いきなり山野井さんとは少し話が逸れてしまうが、同時期に下記の本を読んで興味深い記述があった。

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どちらも異なるシチュエーションで極限状態から生還したノンフィクションだが、2人共その死の狭間で『突然クラシック音楽が頭の中で鳴り響く』という奇妙な体験をしているのだ。

しかも双方とも普段からクラシック音楽を嗜んでいた訳ではなかった、と記憶している。もちろん幻覚も見ている。サンプルが少ないとはいえ単純な私は、本当に死に直面した人間の何かの能力がそうさせていたのではないか、という浅はかな感想を抱いた。

 

常に死と隣り合わせの人間、辿り着いたのが山野井泰史という人間だった。

登山やクライマーについて専門的な知識が乏しいので多くは語れないが、『登山』と一口に言っても登り方や登る山や登る季節や様々な条件で難易度やスタイルが大きく変わる。

より少ない装備、より少ない人数、より到達困難なルートでの頂上到達がクライマーとしての価値と言える(間違ってたらすみません)。

つまり究極は、たった1人で裸一貫でその山における最も厳しい季節に最も困難な誰も開拓した事が無い新ルートで頂上を極め生きて帰ってくる事になる。

山野井さんはある時期それに近い事をやり遂げ続け、世界最強のクライマーと言われていたと同時に、世界で最も天国に近いクライマーとも呼ばれていた。

 

私が山野井さんを尊敬してやまないのは、言葉を選ばすに言えば『完全に頭が狂っている』所だ(とかく所謂『山屋』は基本的に狂っている人達の集まりだと言われるが)。

「なぜ、山に登るのか。そこに山があるからだ」というジョージ・マロニーの有名な言葉があるが、山野井さんは足の指先から脳味噌の奥まで単純に登ることが好き、という思考を体現している人物なのだ。

「登山というものを知ってから、常に発狂状態にある」とご自身が語っていた言葉だが、小柄で柔らかい人柄とは裏腹に、狂気を感じさせる言葉にゾッとする。

ある時夫婦(ちなみに奥さんの妙子さんも世界トップクラスのクライマー)で挑んだヒマラヤの山で、三途の川に首先まで浸かったもののギリギリで生還した出来事があった。夫婦共々両手両足の指のほとんどを切断せざるを得ない状況に追い込まれた結果になったが「あれは良い登山だった」と言い切る顔に強がりや驕りは全く感じない。

※下記はその時の様子が詳しく書かれた名著。登山や山野井さんの事を知らなくても読み物として面白いので是非。

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贅沢な暮らしをしているわけではない。山野井夫婦の実績から考えれば、やり様によってはある程度豪勢な暮らしもできるはずだというのに、生活の全てを登る事にベクトルを向けて捧げている。そして達成困難な事をやり遂げ、ひけらかすこともなく自己満足をし、また次の目標に向けて目を輝かす。

※少しでも興味を持って頂けたら以下もオススメ。

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そんな山野井さんが本当に羨ましいと思った。心から好きな事を自らの努力で掴みにいってる人だと思ったのだ。一点の曇りもなく、心の底から自分の好きな事に打ち込む人間はとても魅力的に映った。

 

山野井さんが数ヶ月に1回更新していたブログがあったのだが、最近全く音沙汰ないなと思っていた矢先だった。

jinsei-climber.jp

しまった。

映画の存在を知ったのは2月頭。山野井泰史という人物を心から尊敬していると吹聴しているのに、これを劇場で見逃してしまうなど愚の骨頂だ。唯でさえメディア出演が少ない故、これは貴重な記録でもある。何とかして劇場で観たい。

残念なことに歩いて行ける距離の映画館で上映されていたそうだが、惜しくも既に終了していた。しかしそんな哀れな私を救ってくれた素晴らしい映画館が近場(家から1時間半)にあったのだ。

cinema-neko.com

ここは、何というか映画館そのものが素晴らしい。

今回初めて存在を知ったが、もし上映作品で気になるものがあってそう遠くない距離であれば、1度足を運ぶ事をお勧めしたい。

元々知る人ぞ知る人物である為か、私と妻(以前に本を強引に読ませたら興味を持ってくれた)を含めて観覧者は5、6人しか居なかった。いや、いい。そんな事は関係ない。

映画はというと、山野井さんの人生をある程度まとめたドキュメンタリーであるわけだが、直近の貴重な映像も数多くあって満足度は高かったものの、如何せん過去と現在が行ったり来たりし過ぎていてドキュメンタリー映画としては不満が残るというのが正直な感想だ。

 

あらゆるジャンルで、好きな事に対して狂気を孕んで打ち込んでる人は多くいると思う。

だがその好きな事が物理的に死に結びついている人はその数を大幅に減らすので無いだろうか。

映画の中で何故そんな危険な事を続けられるのか的な問いに、

「なんか……すごいんだよね……あの達成感は」

と言っていた。その目、その顔つきは、本当に成し得た者にしかわからない境地に達した人だけが辿り着ける答えの様な気がした。

 

今まで私の人生であんなにも熱狂できるものがあっただろうか。

今後見つけられるだろうか。

本当の達成感は得られるのだろうか。

 

山野井泰史という生き方に、改めてある種嫉妬と畏敬の念が入り混じる。